特集
愛の正体とは?
4つの理論と考察を
極限までわかりやすく解説
What is Love?
アメリカのスタンフォード大学が管理している『スタンフォード哲学事典』のLoveの項目をベースに、愛の正体を解明したいと思います。
今回の記事が、2人の愛について改めて考えるきっかけになれば幸いです🙂
スタンフォード哲学事典とは
Web上で閲覧できる哲学専門の事典で、俗にSEPと呼ばれています。公開されている記事はすべて、大学教授などの研究者が執筆しています。また、どの記事もピア・レビュー(査読)を受けているため、信頼性の高い情報源として世界中で利用されています。
この記事に書いてあること
学術的な観点から「愛とは何か?」を説明しています。スピリチュアル的な要素はありません。次章からの内容は、論文や専門書の情報をもとに構成されています。
TOPIC.1
💕愛を分類してみる
古代ギリシャ以降の哲学を参考に、愛の定義や類型について見ていきましょう。
はじめに:Loveの区別
- 私はコーヒーを愛している
- 私は音楽活動を愛している
- 私は彼(彼女)を愛している
普段、私たちは単なる物事や活動についても「愛」という言葉を用いていますが、ここでは3がテーマです。つまり、特定のパートナーへ向けた愛を取り扱います。そして「特定の個人への愛」はさらに、伝統的な3つの概念に分類できます。エロースとアガペーとフィリアです。
エロース:Erosとは
エロース(Eros)は情熱的な欲求を指し、世間一般では性的な情熱として用いられています。求めたり、欲したりするようなイメージですね。獲得することや欲深いという意味合いから、エロースは自己中心的な愛とされます。
アガペー:Agapeとは
アガペー(Agape)は無償の愛を意味します。キリスト教における神が私たちに愛を与えるように、個人がお互いに愛し合っているイメージです。自分から与えるという点において、エロースとは対照的な愛といえますね。
フィリア:Philiaとは
フィリア(Philia)は日本語で友愛と訳されます。愛情にあふれた配慮や友情を意味しますが、友人のほか、家族や職場の同僚に対しても友愛は成立します。対等な関係から生じる愛といったイメージですね。
TOPIC.2
💕3つの線引きは曖昧
現代を生きる私たちにとって、エロース,アガペー,フィリアを区別するのは困難です。
フィリアとエロースの境界
フィリアの関係から、少しでも性的な感情が芽生えればエロースと同じような愛になります。反対に、エロースの関係であっても、相手を自分のものにしようとする感情が弱くなれば、フィリアと似通った愛になるといえます。
アガペーとフィリアの境界
アガペーは神が人間に与える愛を表しますが、あくまでもテーマは「特定の人間への愛」です。そのため、アガペーから神の要素(キリスト教的な見方)は省略できます。したがって、アガペーもフィリアも、他者に対する愛という点で意味は近くなります。
新たなロジックを求めて
上記の理由から、現代の恋愛観をエロースやアガペー、フィリアを用いて説明するのは不十分です。そこで、20世紀以降の哲学者たちは、新しい愛の理論を模索していくことになります。
TOPIC.3
💕現代における愛の正体
ここからが本題です。代表的な理論と、それぞれの見解に対する問題点を見ていきましょう。
📍代表的な4つの理論 | 🔍キーワード | 🙁考えられる反論・批判 |
---|---|---|
愛の正体は融合である | 私たち | 個人の自律性や独立性を損なうのではないか? |
愛の正体は関心である | 思いやり | 相手のことを100%理解できる保証はどこにある? |
愛の正体は評価である | 価値の有無 | 愛の構成要素は価値以外にも存在するのでは? |
愛の正体は感情である | 心と身体 | 愛は単体で感情を形成しないから区別が困難では? |
1.愛の正体は融合である
私とあなたの間にある壁を取り除き、嬉しさや悲しさなども含めた、あらゆるものを共有している状態です。つまり、他人であった私とあなたが「私たち」という新たな人格になることを意味します。
冷蔵庫にプリン🍮があると仮定します。パートナーはあなたよりプリンが大好きです。あなたは我慢し、プリンを譲りました。結果的に、あなたはプリンを手放したものの、私たちという視点から見ると、誰も損をしていません。むしろ幸福の総量が増えた、といった考え方です。
この主張に対する反論
個人の自律性を損なってしまうのでは?という批判が挙げられます。私とあなたの区別がなくなると、それぞれの主体性(自分の行動を自身で決定する機会)が失われるという意見です。また、パートナーを1人の人間として尊重するためにも、個々の自律性は必要だという見方もあります。
🙂主な支持者Robert Nozick|🙁主な反論者Irving Singer
2.愛の正体は関心である
パートナーに関心を寄せ、その人のためを思って行動する様子を指します。あなたのことを想っているのはこの私であり、あなたは含まれないという考え方なので、前項の「私たち」の概念を認めない立場といえます。
愛とは感情的なものでも、認知的なものでもない。個人の意思(心がけ)に基づくものだと主張しています。相手の幸せを願い配慮しながら、一緒に過ごしたいと望むようなイメージです。これによって、自分自身も、相手の影響を受けながら変化していくと説いています。
この主張に対する反論
「あなたのためだから」という心がけは、時として迷惑なものになり得ます。もしかすると、逆に関係が悪化するかもしれません。パートナーにとっての喜びと、あなたが喜ぶだろうと考えるものは、必ずしも一致しないという批判ですね。
🙂主な支持者Harry G. Frankfurt|🙁主な反論者Kyla Ebels-Duggan
3.愛の正体は評価である
お互いに価値を与えたり、発見したり、そういった評価の過程が愛であると考える立場です。価値を感じたから、あなたはその人を愛するし、また愛し合う中で新たな価値が創造されるパターンもあると主張しています。
何でも言うことを聞いてくれそう、お金持ちで裕福そうといった表面的な価値ではない点に注意が必要です。愛の対象となるパートナーの人格的(内面的)な価値を指しています。また、既にある価値だけでなく、愛するからこそ、自分にとって価値を持つようになるという発想も重要です。
この主張に対する反論
愛を構成するものは価値や評価(他者と比較できるもの)だけではない。愛には色んな側面があり、それらすべてを含めるべきではないか、という批判が考えられます。ほかにも「尊敬」や「称賛」の概念とどう違うのか、同じではないか?という反論もあります。
🙂主な支持者J. David Velleman|🙁主な反論者Bennett W. Helm
4.愛の正体は感情である
パートナーに対する心身の体験こそが愛であると主張する立場です。具体的には、体温の上昇や胸の高鳴り、構って欲しい気持ち、嫉妬心など、そういった感情を愛の正体と考えています。融合説と関心説を否定しています。
無意識的な感情があるように、自覚のない愛(無意識の愛)も存在します。単なる知り合いだと思っていた相手に惹かれていると気付くケースが最たる例ですね。本人の無意識下で愛が育まれ、突然ひょっこりと現れるような場合もあり得ると説いています。
この主張に対する反論
愛と呼べる感情(心の変化)の線引きが困難だという批判が考えられます。愛は色んな感情の重なりとも言えるので、「この心理状態は愛であるかどうか」を明確に区別できません。ほかにも、感情というより、愛は心や身体に特定の変化を引き起こす症候群である、といった反論もあります。
🙂主な支持者Berit Brogaard|🙁主な反論者Ronald De Sousa
本当の愛とは何なのか
このように、愛に関する議論は、大学教授の間でも見解が分かれます。また、どの立場がしっくりきたのかも、人によって意見がばらけると思います。特定の立場へ誘導することが目的ではないので、自分なりの「愛とは」を基準に、それぞれの主張をすり合わせてみてください🙆♀️
TOPIC.4
💕私たちはなぜ愛するのか?
筆者の個人的な考えですが、このあたりはLikeとLoveの違いにも通じる気がします。
パートナーが鏡になるから
愛し合う過程において、あなたの人間性が鏡のように映し出されます。言い換えると、パートナーのおかげで自己の認識が促進され、偏った考えや価値観をうまく調整できるようになります。愛することは、自分を正確に知る上で最も良い方法だといえます。
🙂論じている人Neera K. Badhwar
幸福感や自尊心を高めるから
もはや説明不要かと思いますが、愛することで幸福感が増し、自尊心(自分の人格を大切にする気持ち)が養われます。また医学的な観点からいえば、ストレスの軽減や血圧の低下、ひいては健康と長寿につながるとされています。
🙂論じている人Hugh LaFollette
お互いの良さを引き出すため
おっしゃるとおり💡といった感じです。これも説明不要ですね。
🙂論じている人Robert C. Solomon
TOPIC.5
💕ロマンティック・ラブ・イデオロギー
最後に、現代の結婚観を支えている思想(ロマンティック・ラブ・イデオロギー)について説明します。
- 恋愛から結婚までをワンセットとする思想のこと
- 19世紀に生まれた割と最近の考え方
- 現代のあらゆる制度や規則の土台になっている
参考論文谷本奈穂, 渡邉大輔(2016)「ロマンティック・ラブ・イデオロギー再考—恋愛研究の視点から」,『理論と方法』31(1), pp.55-69, 数理社会学会.
ロマンティック・ラブ・イデオロギーとは
一言でいうと、恋愛結婚を当たり前と考える思想です。愛すべき人と出会い、お互いにアプローチをかけ交際へと発展し、その延長線上に結婚、すなわち共同体としての家族が存在するべきだという考え方ですね。至極当然すぎて拍子抜けした方も多いと思いますが、実はロマンティック・ラブ・イデオロギーができたのは19世紀といわれています。
歴史的背景と成り立ち
近代以前のヨーロッパでは、恋愛の1つのかたちとして「不倫」が行われていました。婚外恋愛の中に真実の愛を見い出すのもアリだったわけです。もちろん、階級や身分が理由でそもそも結婚できなかった事情はあるものの、当時は「恋愛」と「結婚」が区別可能でした。
資本主義の台頭
近代に入ってからは、貴族の握っていた権力が解体され、お金持ち(資本家)を中心とする世界が訪れます。資本主義化に伴い、絶対的な身分制度はなくなります。そして自由恋愛が主流となり、婚外恋愛は悪という思想、ロマンティック・ラブ・イデオロギーが誕生します。
日本で普及したのはいつ?
普及したのは1950年代といわれています。1970年代を境に、お見合い結婚と入れ替わるかたちで、恋愛結婚を当然とするロマンティック・ラブ・イデオロギーが定着します。
社会制度に与える影響
愛し合っているなら、結婚するのは当たり前だという発想で、様々な制度(配偶者控除や相続権など)が設計されています。極端な言い方をすれば、国家は「恋愛を経て結婚した人」だけを優遇しているわけです。これは国際結婚、ひいてはビザや在留資格の審査にも関連します。
結婚ビザの3つの要件
日本の結婚ビザ制度も、ロマンティック・ラブ・イデオロギーの影響をもろに受けています。「好きだったら結婚して当然。それに恋愛結婚だから、夫婦関係は半永久的に続くべき」といった考えが審査官の根底にあります。このことから、以下の3要件が導けます。
- 恋愛した証拠記念写真などの提示
- 婚姻した事実結婚証明書の提示
- 家族を安定させるための経済力
これらをチェックするために、法務省(出入国在留管理局)は多くの申請書類を求めているのです。裏を返せば、1から3をきちんと満たせば、結婚ビザは発給されます。以上のように考えると、審査官は何を知りたいのかがクリアになってきますね。
犯罪歴や離婚歴等があるケースは慎重を要します。
結婚観は時代によって変わる
近い将来、婚姻制度や結婚ビザの取り扱いは大きく変わるかもしれません。実際に結婚という枠の外で、複数のパートナーと同時に愛を育むスタイル(ポリアモリー)を実践している方もいます。LGBTQなどの問題が取り上げられる昨今、このあたりの議論はより活発になっていくでしょう。
TOPIC.6
おわりに
愛に関する4つの理論を紹介しました。より良い結婚生活を送るためのヒントとして、何かを持ち帰ってもらえれば嬉しいです🙌
私たちの事務所は「配偶者ビザのレシピ」を通して、今後も有益な情報を提供していきます。